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後進の指導で恩返しを・小野敏元さん<震災10年>E

2021.3.16(草加市)
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 「草加市の皆さんにお世話になり感謝しきれない。恩返しの意味で、後進の指導に尽力したい」

 同市内で、「極真会館浜井派」の空手道場を営む小野敏元さん(61)は、平日は、幼稚園年長から社会人まで約80人の道場生に稽古をつける。週末は家族の住む福島県いわき市に戻り、地元の道場で指導するという二重生活を続ける。

 10年前、いわき市四倉町の海岸沿いで、祖父の代から続く3代目として布団店を営んでいた。“あの日”の午後、市長に面会するため、寝具組合から出て車に乗り込んだ直後、突然、車が上下に跳ね上がった。何度も繰り返される激しい揺れ。

 防災無線は壊れ、何が起こったのかわからない。隣の理容店から「津波が来る! 逃げよう」との叫び声。無我夢中で、車に妻、母親、高1の二女、小6の三女を乗せ、高台の県立少年自然の家に走らせた。そこは、すでに500人を超える避難者でごった返していた。市役所勤務の長女(21)と会えたのは3日後。店はがれきに埋まった。

 「家族は全員無事でも津波で多くの知人が犠牲になり、やりきれなかった」

 避難所に落ち着く間もなく発生した福島第一原発の放射能漏れ事故。茨城県の親戚などを頼りながらの長い避難生活が始まる。顧客の多くは原発近く。「店はもう続けられない。これからどうするか」。

 途方に暮れる身を助けたのが、15歳から始めた空手。震災前に五段を取得し、いわき市内で指導していた。同流派の川口支部から指導員の声がかかり、単身、草加市に住み指導を続けた。しばらくして草加支部の道場を任され、4年前、イトーヨーカドー新田店前に道場を移転し、現在は埼玉県支部長も務める。

      震災から10年。布団店があった商店街は空き地が目立ち、海岸沿いには巨大な防潮堤が築かれ、かつての風光明媚(ルビ・めいび)な姿は失われた。震災以前の生活に戻れるはずはないが、「縁と運で、今につながっている」と強く思う。

 「苦しくてもあきらめない心、我慢する心を伝えたい」と草加道場の子どもたちにも折に触れ、自身の経験を語る。それはこの10年の生き方の確認でもある。
     (金子 貞雄)
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