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街道の「勢至菩薩」を確認・秦野さん「結城使行」に記述

2019.5.27(越谷市)
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 越谷市大里の旧日光街道沿いに、市内では珍しい「勢至菩薩(せいしぼさつ)立像」がひっそりと建っている。

 同市大沢のNPO法人「越谷市郷土研究会」常任理事の秦野秀明さん(52)(接骨院院長)は、江戸時代の日光街道の様子を記した水野織部長福(みずのおりべおさもと)の紀行文「結城使行(ゆうきしこう)」を調べた際、菩薩像の記述を見つけ、現地調査で確認したもの。秦野さんは論文にまとめ、同郷土研究会のホームページで発表した。

 勢至菩薩立像は、同市大里の東武スカイツリーラインの踏切から北へ50bほどの住宅とタイヤ販売店の間のブロック塀脇に4基が縦に並んでおり、一番手前が「勢至菩薩立像(高さ約1b、石造り)。舟形の石に合掌する姿が浮き彫りにされている。風化で表情はうかがえないが、像の脇には元禄11年(1698年)11月と彫られている。

 経営する接骨院が旧日光街道に面する秦野さんは3年前から、同街道に興味を持ち、平時の街道の様子を伝える「結城使行」を見つけた。

 結城(現在の茨城県結城市)の領主、水野日向守勝長の家老、水野織部長福は元禄17年(1704年)、城の建設場所の視察のため、江戸から結城を往復した。この時の模様を著したのが「結城使行」。この中で、「また大林村(現在の越谷市)に勢至の木という三またの榎の大木があり、木の根元に勢至菩薩といわれる三体の石仏が祀(ルビ・まつ)られている。このいわれが知りたいものだ」とつづられている。

 秦野さんは「本当に街道沿いにあるだろうか」と街道を歩いて調べ、路傍にひっそりと建つ石仏3体を見つけた。榎の大木はなかったが、地名から「結城使行」にある勢至菩薩像と推定している。他の2体は板碑型の「三猿庚申(こうしん)塔」、「釈迦如来像」、「青面(せいめん)金剛立像」と分かった。

 「勢至菩薩」は江戸時代、「お勢至様」と呼ばれ、目を患っている人が願をかけて拝んだと伝えられている。秦野さんは「地味な存在だが、越谷の貴重な財産」と話している。
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