写ったぁ

越野 操さん・エフエムこしがや代表取締役

2012.11.13 (越谷市)
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 来年秋に、県東部初のコミュニティFM放送「エフエムこしがや」の開局を目指し奔走中の日々。「来年春には、(FM放送の)周波数が決まり、発表できます」と順調のようだ。現在、総務省と「予備免許」(電波を送信するアンテナを設置できる国の許可)の協議中で、どうやら先が見えてきたようだ。
 越谷市ボランティア連絡会相談役としても活躍中で、1995年の阪神淡路大震災のときに神戸市をボランティアで訪れたときに、コミュニティFMを聴き、被災者の安否情報・被災情報、生活情報など身近できめ細かな情報を発信し、被災者の「よりどころ」となっていることに感銘を受けた。
 そして2010年12月、開局へ向けて勉強会を始めたところ、翌年3月に東日本大震災。市役所で会議中だったが、あまりの大きな揺れに駐車場に避難。この時、コミュニティFM放送開局への腹を決めた。電波についてはまったくの素人。そのため、市内の通信施工会社の協力を得て、電波の受信状況を調べたり、国への事務手続きなどに取り組んでいる。
 東京都足立区北千住生まれ。結婚を機に1973年に越谷市民となり、1983年6月に二女(33)が幼稚園に入園したのをきっかけに、市内でボランティアを始めた。弱視の子どもたちに読んでもらおうと「拡大写本」と呼ばれる活動を立ち上げ、絵本や童話の本の活字を3a四方にまで拡大し手書きして製本。県立川越盲学校に寄贈したところ大変喜ばれたのが、ボランティア活動にはまったきっかけだ。その後、教科書を専門に「拡大写本」ボランティアを続けている。
 2000年には、第5代目の「越谷市ボランティア連絡会」の会長に就任。市内43グループ750人のまとめ役に。福祉の専門的な勉強の必要性を感じ、04年には東北福祉大通信教育学部に入学。「福祉の基礎から勉強したいと思い切って入学しました。身体、知的、精神など各種の障害者への施策や問題、課題などを勉強し、少しは福祉の現状が分かりましたが、卒業後も勉強は続けています」。
 09年には「腺がん」を患い、肺を3分の1切除する大手術の末、がんを克服した。「病気を患うことで、家族や周囲の方々の温かい気持ちに触れた」。しかし、ボランティアを続けていると問題点にもぶつかる。「近年、個人情報保護法に壁にぶつかり、民生委員でも情報が得られない。(福祉が)必要な人に必要な情報がいかないのは問題。コミュニティ放送で、情報を発信し、地域の方々の役に立ちたい」。
 会社役員の夫・道夫さん(65)はよき理解者。「陰で支えてくれます」と感謝の気持ちを忘れない。開局への資金集めなど課題は多いが、ウーマンパワーで元気に乗り切る。
   (安部 匡一)
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