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企画展「八潮の御鷹場」開催・15日まで資料館

2015.3.2(八潮市)
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 八潮市立資料館開館25周年記念事業の第33回企画展「八潮の御鷹場」が今月15日まで、同資料館で開かれている。
 江戸時代、江戸城を中心とした五里四方(約20`圏内)は、徳川将軍家が鷹狩り(飼いならしたオオタカやハヤブサなどを用いて鳥類を捕える狩猟で、健康維持、軍事調練、民情視察、将軍家の権威を見せるなどの意味がある)を行う「御鷹場」に指定され、八潮市域も寛永5年(1628)に葛西筋(戸田、岩淵、目黒など6筋のうちの一つ)に指定され、明治期から大正期には皇室の御猟場となり、昭和期には一般開放されている。
 八潮市域は江戸期に、御鷹場を維持する役所「葛西筋鳥見」「鷹野役所」の支配下に置かれ、35か村による「八條領鷹場組合」がつくられた。麦塚(13か村)、八條(10か村)、大瀬(12か村)の名主が人足の手配など村人に幕府の連絡事項を伝達する「触次」の役目を負った。御鷹場の地域は鳥類などの生息環境を維持するため冬季の耕作が禁じられ、また騒音を出す家の普請や娯楽まで制限された。江戸城の大奥などで飼育されている小鳥のエサや薬用に、ミミズやケラなどの虫類、ショウブやヨモギなどの植物も集め上納した。将軍が八潮に鷹狩りに来たことはなかったが、徳川御三卿のひとつ、清水家五代目当主、斉彊(なりかつ)公は8回訪れ、ゴイサキやマガモ、ガンなどを捕獲した記録が残っている。
 御鷹場に関係する古文書や伝承などが市内旧家に数多く残されており、これらの資料をもとに御鷹場を維持するための村人たちの苦労や人々の暮らし、自然環境について紹介する。3部構成で「江戸時代の鷹狩り(鷹狩りとは? 江戸時代の将軍と鷹狩り)、「鷹場の世界」(江戸図屏風の鷹狩り、鷹場の生き物たち)、「八潮の鷹場」(鷹場の支配、鳥類の生息環境維持と村の負担など)を、古文書類、天保3年(1832年)ごろの全御鷹場を一覧絵図にした珍しい「江戸廻り六筋御鷹場絵図」(西袋小澤家所蔵)、川越や鴻巣などの鷹狩りのようすがわかる、江戸図屏風(複製、板橋区立郷土資料館所蔵)、鷹狩りの道具類(朝霞市博物館所蔵)、御鷹野図巻(国立図書館所蔵)などでひも解く。
 展示音声ガイドも資料館窓口で随時、無料で貸し出しする。 月曜休館。
 <問い合わせ>八潮市立資料館TEL997・6666。

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