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「八條遺跡」展開催中・12月23日まで資料館で

2014.11.17(八潮市)
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 八潮市立資料館で、「大地に刻まれた足跡〜八條遺跡 千年のときをこえて〜」が1日から始まった。
 2012年2月から6月にかけて、中川の改修工事に伴い、公益財団法人埼玉県埋蔵文化財調査事業団により、市内初の遺跡発掘調査が行われた。これまで、解明されていなかった八潮市域の平安時代の人々の生活の様子を探る、貴重な発見があった。今回は、その八條遺跡の発掘調査で出土した、土器・祭祀類などを中心に展示し、八條地域のようすをひもとく展示内容となっている。
 八潮市域は古文書などから、「埋蔵文化財包蔵地」とされる場所が8か所あるが、今回の八條遺跡は、平安時代の集落、中世の墓域、氏族の館があったと推測されていた地域。今回の発掘で、これまで市内で見つからなかった遺構(住居などの施設跡)が初めて確認された。遺跡北東部の中川沿いでのみの調査だったが、平安時代の住居跡5軒、土坑62基、井戸跡2基、溝跡10条などが発見された。そこから平安時代の須恵器、ロクロ土師器や置きカマド、鎌倉時代の中国龍泉窯系青磁や北宋銭などの輸入品、これらと一緒に副葬されたと思われる刀などが出土した。
 この中でも住居跡から出土した、律令官人(役人)が使っていた、腰帯具の一部である丸鞆(まるとも=帯(現在のベルト)にいくつか付けられた丸い飾り)、鉈尾(だび=帯の先端部分のみに付けられた飾り)の2点は、特筆すべきものだった。役所に関わる遺跡では全国で出土例があるが、特に鉈尾が、こうした集落遺跡で発見されたことは非常に珍しいという。
 また、平安時代の祭祀道具である、置きカマドの破片4点も見つかった。鎮魂祭の際に炊事に使われたもので、全国的にも出土例は少なく、県内では上里町の中堀遺跡のみ。
 八條遺跡周辺は、条里制(中世の土地区画制度)が敷かれていたとされ、主要道・下妻街道などがあり中川の舟運で発達した場所。かつて、現在の八潮と草加、越谷の一部を含めた地域を治めた、渋江五郎光衡(八條五郎光平)の館があった場所ともいわれている。
 同資料館では「腰帯具は、いずれも蛇紋石で従五位以下の役人がつけていたもの。つけていた本人もしくは関係者が住んでいたのかは不明だが、当時この地域を治めていた八條五郎光衡に関係する人物ではないか」と推測している。
 展示は12月23日まで(月曜日休館、祝日は開館しその翌日は休館)。29日、12月14日午前10時30分、午後2時の2回、学芸員による展示解説がある。音声ガイドも無料で随時利用できる。
 <問い合わせ>八潮市立資料館TEL997・6666。

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