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「瀬崎の富士塚」100年前の姿に・地域で浄財集め完成

2016.3.1(草加市)
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 「築造当時の100年前の姿に復元しよう」と行われていた、草加市指定民俗文化財「瀬崎の富士塚」の修復工事が完成し、2月21日、同市瀬崎の富士浅間神社境内で関係者、来賓出席の下、修復完成記念式典・祝賀会が行われた。前日夜には、同神社に仮遷座していた、富士塚の山頂に祀る小御嶽神社神社(石祠)の祭神「イワナガヒメ」の遷座式が行われた。

 式典は、氏子らによる「瀬崎の富士塚修復工事実行委員会」(実行委員長=晝間和郎・浅間神社氏子総代、委員長=関根喜代寿・瀬崎の冨士行先達)が主催し、晝間実行委員長、田中和明市長、飯塚恭代市議会議長、木宏幸・教育長らの手で除幕した。冨士行の講員一同による「掛け念仏」が唱えられ、催者、来賓あいさつ、工事の報告などのあと、鏡割りで完成を祝った。

 富士山を信仰する富士講(草加市瀬崎では冨士行と称する)は、江戸時代に庶民の間で大流行し、瀬崎地区も江戸時代から講が組織され、元日と富士山の山開きの7月1日には同神社拝殿で、そのほかの月は社務所などで「オツタエ」と呼び富士の神霊をたたえる唱言が節をつけて唱える行事などが現在も継承されている。富士参拝登山も3年に1度行われている。富士塚は、江戸時代に女人禁制だった、富士山にだれもが登れて、富士参拝と同じご利益が得られるようにと、各地で築造され、瀬崎の富士塚は大正5年(1916)に完成した。富士講と富士塚がともに現存するのは、全国的にも珍しいという。

 その後、風雨にさらされるなどの経年劣化で、一部崩落などしていたことから、市民俗文化財指定を機に、同修復工事実行委員会を組織し、浄財と市教育委員会の補助金で工事が行われた。男坂、女坂の修復や、「御胎内」の復元、コンクリートやモルタルで応急処置されていた部分を取り除き、本来の富士山の溶岩で修復し築造当時の姿にした。  晝間委員長(84)は「瀬崎のシンボルである富士塚が元の姿に修復でき、感謝している。今後も、地域の心の拠り所、憩いの場として守っていきたい」と話していた。
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