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大正期の標柱再建立・高砂の交差点

2012.2.20(草加市)
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 草加市高砂1のマンション建設工事で一時撤去・保管されていた、大正時代に建立の草加神社参道入り口と地名を示す石の標柱が9日、工事請負業者・大和ハウス工業の協力で田中和明市長や市教育委員会、地元町会住民が見守る中、再び建立された。
 標柱は、大正4(1915)年11月10日、京都御所で行われた大正天皇即位礼を記念し、地元の有志により旧日光道中沿いの旧草加宿の南端にあたる、現在の草加神社通りと旧道の交差地点に建立されたもの。高さは2b65a、幅36aの四角柱。表に「草加神社」「壹(一)町目」と刻まれている。この年の6月は、草加の町に電灯がついたばかりで、標柱の上にはかつては丸型の街灯がのっていた、という。草加神社は天正年間(1580年ごろ)に大宮氷川神社より分霊し創建されたとされ、明治40(1907)年に近隣21社を合祀し社号を「草加神社」に改称したばかりで、地域に名称の浸透を図る目的もあったようだ。
 2010年10月に8階建て賃貸マンションの建設が始まり、大和ハウス工業が敷地内にあった標柱の所有者がわからず処分を検討していたところ、地元町会に情報が入り「まちの貴重な歴史遺産を残してほしい」と市に要望した。市と業者が協議し、マンション完成後に道路隅切りの部分に再建立が決まった。
 田中市長は「草加のまちにとって第1号の街路灯でもあった。草加の名物となると思う」、壱丁目町会の石鳥弘さん(80)は「約100年前に建立された大事なまちのお宝なので、残せてよかった。次世代に伝えていきたい」と話していた。

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