ニュース

豊富な水や最適な立地・そうか皮革産業の歴史

2009.12.15 (草加市)
ニュース写真
 読者の皆様に【皮革は草加の伝統産業】と早く覚えて頂きたい“そうか革職人会”応援団長の三遊亭春馬です。今回は、そうか皮革産業の歴史を簡単に知って頂こうと思います。
 昭和10年に日東皮革工業(合)が三河島から工場を移転して来たのがきっかけで、草加の町に皮革企業・皮革職人が集結されたのですが、なぜ草加に工場を移転して来たのか? そこには幾つかの理由があったようです。@草加は地下水が豊富で良質の水が皮のなめしに適していたA革問屋が多く在る浅草に近いわりには土地が安く、大量需要に応じる広い工業用地が確保出来たB当時の草加は産業らしい産業も無く、労働者を雇うのにも集めやすかったC草加の土地は埼玉県が誘致をし、草加町も喜んで土地を誘致した、などなど……。
 その後、昭和12年(1937)・14年(1939)と大きな皮革会社がぞくぞくと三河島から草加に移転し、全国に誇れる皮革工業の基礎を築いてきました。しかし戦争が始まると、戦時統制令により軍需工場として軍靴などを生産する軍指定工場へと。昭和25年(1950)に解除されたのを期に、軍需から民需へ転換を図り、草加の皮革産業は牛・豚・羊・爬虫類・鮫など多様の皮を扱うようになり、いまでは『皮の博物館』とまで言われるようになったのです。
 さて、最初に移転して来た日東皮革工業(合)は、日東皮革(株)と社名を変え、大東ロマン(株)と共に草加の老舗皮革企業として、そうか革職人会を盛り上げています。そんな日東皮革(株)は、会社名こそあまり知られていませんが、和太鼓や鼓で有名な浅草の(株)宮本卯之助商店で販売されている太鼓の革のなめしを一手に引き請けている企業です。あの美しく、時には力強い音色を奏で、日本はもとより世界各国の方々に感動や喜びを与えられるのも草加でなめされた皮が張られているからではないでしょうか!? 意外なところで活躍している草加の皮革。皮革は草加の“歴史と宝”というところです。それでは次号もお楽しみに!!
 なお、そうか革職人会販売イベント『埼玉の皮革&特産品フェア』が22日(火)10時〜18時、草加駅前アコスホールにて開かれます。
(三遊亭春馬=落語家・草加市在住。監修・そうか革職人会)

>戻る