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子規らも句残す・樋口さん「草加を詠んだ俳人達」刊行

2009.10.12(草加市)
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 草加市神明1の日本ペンクラブ会員で新俳句連盟監事の樋口素秋さん(本名・乾三)(74)がこのほど、広報そうかで連載したコラムや草加を詠んだ句を中心にまとめ、埼東文化叢書第1弾として「草加を吟じた俳人達」を自費出版した。1000部印刷し、市立、県立国会図書館に寄贈した。刊行記念展を市立中央図書館で今月27日まで開催中だ。
 コラムは2007年4月から翌年10月までの全36回分を収録。樋口さんは、元草加市職員で市史編さん室長を1984年5月から94年2月で定年退職するまで約10年務め、自ら俳人として活動していることもあり、地元旧家などからの資料提供などをきっかけに国立国会図書館などに通い調べあげ、正岡子規、高浜虚子、水原秋桜子ら多くの俳人、歴史上の有名人が草加を訪れ句を詠んだ事実を発見した。
 これらの資料をもとに俳人の視点でまとめ執筆したコラムだ。正岡子規は明治27年2月ごろ、虚子を誘って千住から梅島を経て草加を吟行。3月付け新聞「小日本」に「発句を拾ふの記」として「梅を見て野を見て行きぬ草加迄」などの句を掲載。虚子は「巡礼や草加あたりを帰る雁」を詠んだ。水原秋桜子は研修医当時、春日部の我孫子医院に通い草加は通り道で「草紅葉草加煎餅を干しにけり」などの句を詠んだ。草加松原には、3人の句碑が市民らの募金で建立され、樋口さんも尽力した。面白いものでは、明治の落語家、三遊亭円朝が栃木県方面のたびの際に通り草加松原の風景をを詠んでいる。
 樋口さんは、新潟県十日町(旧松之山町)出身で中学時代から「ホトトギス」系の俳人から学び俳句に傾倒、社会人になってからは、楠本憲吉「野の会」同人などで活動。草加市俳句連盟会長などで地元に俳句文化を広げた。樋口さんは「近代俳句の3巨頭が草加の名を織り込んで詠んだ句があるという、草加の文化史の一面を市民に知ってほしい」という。
 現在、「草加俳句史」を文芸誌・埼東文化に連載中。数年後にはまとめて刊行したいと意欲的だ。
 なお、今回の本は在庫がすでにない状況で、各図書館で閲覧できる。草加市立中央図書館(松原団地駅西口前)3階ギャラリーの刊行記念展には、句碑の揮毫原書(上村和堂、平勢雨邨ほか)子規、虚子、秋桜子の肖像写真など展示中。

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