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口で描く「こころの油絵」・梅宮さん四肢まひ乗り越え

2015.5.11(越谷市)
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 口に絵筆をくわえ、油絵を描く。越谷市大里の梅宮俊明さん(48)は30年前に事故による障害から四肢まひとなり、絶望感による車いす生活の中から、友人たちの協力を得て、絵を始めた。今月7日から13日まで、越谷市障害者就労訓練施設「しらこばと」で開かれている「こころのアート展」に旧日光街道の越ヶ谷宿を描いた油絵(6号)を展示している。レトロな雑貨屋を描いた作品は、力強く、生き生きとしたタッチで観る人を引き付ける。展示会場では、梅宮さんが油絵を描く姿を撮影した動画DVDも上映される。これまで、何度も「死のう」と思ったという梅宮さんだが「障害を持っている仲間たちに、夢を少しでも与えられる絵を描きたい」と日々奮闘している。

 梅宮さんは今から30年前の8月、19歳のときに、友人の運転する乗用車で走行中、熊谷市内の国道で、自損による交通事故に遭い、頚椎を損傷し、四肢まひとなった。乗用車の後部座席に乗っていた梅宮さんは衝突による衝撃で車外に投げ出され、意識を無くした。気が付いたら東松山市内の病院で「首から下の感覚がまったくない」(梅宮さん)ことに気が付いた。手足がまったく動かず、車いす生活を余儀なくされた。8か月に及ぶ入院後、国立リハビリセンター(上尾市)に通い、リハビリを受けるが、担当の医師から「今後、手足を動かすことができる望みはない」と宣告され、大きなショックを受けた。
 しばらく、死ぬことだけ考えた。「生きる望みを全く失った状態でした」と梅宮さん。それまで、自宅で父親の経営する既製服のプレス工場で働いていたが、仕事をすることもできず、人と会うこともなく、パソコンだけに向かう日々だった。そんな折、1995年の夏に地元の友人からメールをもらった。「市内の越谷市障害者福祉センターこばと館で『油絵教室』が始まった。行ってみたら」と勧められ、「とりあえず、行ってみるか」と友人の協力で月2回、通うことになった。
 油絵教室には講師の画家・大西祐子さんのほかに、専門の作業療法士もいて、手ほどきを受けた。絵筆の先に強化プラスチック製の「へら」を特注してもらい、口でくわえて、絵を描けるようにした。梅宮さんは「絵の具をつけて、筆がぶれないようにするのに苦労した。歯でくいしばって描き、3か月もすると違和感なく、描くことができるようになった」と話す。それから絵を描く面白さにはまり、夢中で描くようになった。
 専門家の指導を受け、絵を基礎から勉強。モチーフは人物、風景など多岐に渡る。これまで、6号から20号までの油絵約80点を制作。東日本大震災直後の2011年3月には、さいたま市内で初の個展も開いた。「個展には友人や車いすになってからお世話になった方々ら多く来ていただきました。その中でも原発事故で避難されている年配の婦人から『絵に勇気をいただいた』と言われたときは涙が出た」と梅宮さん。
 これらの体験を経て、絵で生きていく目標が決まった。「絵の技術はまだまだですが、自分らしい色使いやタッチで、日本の人たちが明るくなれるような、そんな絵が1枚でも描けるように努力をしたい」と梅宮さんは話す。6年前から「口と足で描く芸術家協会」(本部・スイス)に入り「奨学金給付生」となり、ポストカードやブックカバーなどにする絵を提供している。「今後は地元でもっと発表したい」と目を輝かせている。

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