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認知症の母の姿を写真集に・山崎さん、3年間の記録

2015.5.4(越谷市)
ニュース写真
 認知症の母親を介護しながら毎日撮影し続けた写真を集めた写真集を出版||。越谷市袋山の写真家、山崎弘義さん(59)が初の写真集「DIARY母と庭の肖像」(大菊変形判、200n)を出版した。認知症の母親を約3年間、亡くなるまで毎日、日記的に撮影した。母親への愛情あふれる渾身の写真集。「介護の先にあるのは死で、何も残らないと感じた。記録することで自分自身と母の痕跡を残したかった。苦しい状況にある人に、生きるヒントを読み取ってもらえれば」と山崎さんは話している。

 山崎さんは元越谷市の職員。3年前間まで勤めていた。1980年、広報課に配属され、初めて一眼レフを手にしてから写真に目覚めた。都内で路上スナップ撮影する写真家、山内道雄さんと遭遇し衝撃を受け、80年代から90年代は都内で路上スナップを撮影し続けた。市役所に勤めながら夜間は写真専門学校に通い、基礎から勉強した。
 しかし、99年ごろから自宅近くに住む母、いくさんに認知症の症状がみられるよいになった。夜の徘徊や食事したことを忘れるなど日常生活に不安が生じたため、妻、純子さん(60)の了解を得て、母親との同居を決めた。かつて、母は自宅で長年、父を介護していたため、自然と「在宅介護」を選んだ。山崎さんは外での撮影に出られなくなった。
 ふだんの昼はホームヘルパーを呼び、仕事の後や休日は妻と介護を続けた。元気だったころの母の姿ではなくなっていく生活は、精神的にも肉体的にも負担になっていった。歩き回って骨折させてはいけないと、ひと時も気は休まらない。
 山崎さん自身も撮影に出掛けられないストレスもあり、「母をモチーフに毎日撮影してみよう」と考え、介護して約2年が経った2001年9月から毎日、母と自宅の庭を撮影し続けた。「朝6時に母を起こすと着替え、朝食、そして薬を飲ます。一息ついたら撮影。慣れた作業なので、準備を含めて10分あれば撮影完了です」と山崎さん。居間の壁にホワイトボードを掲げ、レフ版も使って簡易スタジオ撮影風に撮った。ストロボを使ったが、レフ版を2枚使うことで、顔に影ができるのを防ぎ、穏やかな表情の写真が撮影できた。
 2004年10月26日、86歳で亡くなるまで毎日撮影。撮影した写真は3600枚を超えた。母は拒絶することもなく、大人しくカメラにおさまってくれた。その際にいつも聞いていたことがある。「名前は」「誕生日は」「お父さんの名前は」「お父さんはどうしたの」。とにかく、毎日聞き続けることにより、その記憶が母の中から消えないことを願った。
 写真集には、日記の一文も載せた。「昼夜逆転、うわ言を言いながら、トイレ往復」「きょうは落ち着いていた。いい日と悪い日が交互にやってくる」。写真の母は微笑み、表情は柔らかだ。ひとつの命の変化を少しずつ、また鋭く映す。最後の一枚には「目の前で命が抜けていった。急に終わった」と書かれている。
 撮影を始めて10年が経った11年9月、山崎さんは写真を整理し始め、自身初の写真集にすることを決めた。山崎さんは「個人的な記録ではなく、一つの時代の記録として多くの人に見てもらいたい」と話している。
 写真集は1冊3000円(税別)。問い合わせは大隅書店(TL077・574・7152)。きょう4日まで、東京都新宿区の「新宿ニコンサロン」(TL03・3344・0565)で本の中の写真の展覧会も開かれている。

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