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避難者、住民が交流・一歩会と花田4丁目自治会

2012.11.13(越谷市)
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 東日本大震災と福島第1原発事故で越谷市内に避難する避難者と支援者で組織された、一歩会(新妻敏夫会長)と越谷市の花田4丁目自治会(桑子忠会長、270世帯)の住民が秋の一日、バーベキューなどで交流した。避難生活が長くなり、先が見えない不安を抱える避難者たち。同会と同自治会は市内増林の隣接する場所に市民農園を借りて、畑での野菜作りが縁で今年から交流が始まり、4日に初めての「交流会」を花田第4公園を会場に開いた。一歩会から70人、花田4丁目自治会の幼児からお年寄りまで約180人が参加し、一歩会の会員は一時、「避難生活」を忘れ、笑顔でふれあった。避難者たちは「不安でいっぱいの毎日ですが、こうした越谷の方々との交流は、とてもうれしい」と笑顔がこぼれていた。

 この日はまず、市民農園で、両会が一緒に育てたサツマイモの収穫から始まった。続いて、公園に移動し、いも煮とバーベキューの交流会。自治会がコンロや炭、野菜と牛肉などを用意。費用は自治会の資源回収で集めた費用を充てた。おいしそうに焼けた肉や野菜を集まった一歩会会員らに分けたほか、野菜たっぷりの「いも煮」も大鍋を使って調理し、参加者らにふるまった。
 一歩会の石上清副会長(61)は「越谷市に避難して1年半が過ぎたが、まだ先は見えない。こうした市民との交流はとてもうれしい。私たちも元気になれる。自治会の皆さんに感謝です」と笑顔。石上さんの家は福島県浪江町にある。福島第一原発から7`の「警戒区域」にあり、家に戻ることはできない。
 昨年3月の、東日本大震災後、石上さんは福島県内の避難所を転々とした後、姉が住んでいる越谷市に避難した。現在、東越谷のアパートに3世帯8人で暮らしている。昨年10月から、市内の避難者の力になりたいと、市の「避難者支援員」の臨時職員となり、避難者を訪問する日々。
 「除染作業もいつ終わるか分からず、国の方針も決まらないのがもどかしい。あと5年は(福島に)戻れないだろう。3度ほど家に帰ったが、雑草が伸び、ひどい状態なので、早く戻れる日が来るといいのだが」と石上さんは不安を隠さない。来年4月に小学校に入学する孫がいるが、越谷市内の学校に通うことになりそうだ。
 自治会長の桑子さん(65)は「借りている農園がたまたま隣だったのが縁で、交流することになりました。私たちのできることは限られたことですが、こうした交流会を開くことで、少しでも元気になってもらえれば」と話す。自治会では、「おいしいものがたくさん食べられる交流会」にしようと、自治会あげて資源回収に取り組み、空き缶や古紙などを回収して、食材の材料費や炭などの燃料、食器、コンロなどを購入した。
 一歩会は、昨年3月の東日本大震災後、越谷市老人福祉センターに避難した、主に福島県の人たちで、これからもつながって自立の「一歩」を踏み出そうと、3月末に36人で「一歩会」を結成した。避難者同士の連絡・情報交換のほか、越谷市民との交流などを続けている。
 越谷市内には143世帯314人の避難者(6月末現在)が生活している。

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