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増林小の「尊徳さん」よみがえった!・OBら手作業で石像修復

2012.4.16(越谷市)
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 80年前に建立された二宮尊徳像が住民の手によって蘇えった。越谷市立増林小学校(太田順子校長、児童195人)に1932年から設置されていた二宮尊徳像(石像)が老朽化と昨年の東日本大震災で、ひび割れや汚れ、傾きなどで倒壊する危険があったため、同小卒業生らで「二宮尊徳像修復設置協力会」(尾川勝一会長、会員8人)を今年3月3日に発足させ、同会会員や同小OBらによる手作業で修復した。新学期が始まった4月9日にお披露目式があり、全校児童(2〜6年生)により除幕式などのセレモニーがあった。同小は今年開校140年目の節目の年でもあり、同小OBらの学校を愛する熱い心が石像を新品のように復活させた。

 正門西側にある蘇えった尊徳像は高さ1bの本体に1・5bの石でできた台座のついた立派なもの。石像はグレーの石の色も鮮やかに、ひび割れは完全に修復され、ぴかぴかに磨かれ、春の太陽の光を浴びて輝いている。
 1932年に建てられた同像は校内で3回場所が変わったものの、常に子どもたちを見つめてきた。しかし、長い間風雨にさらされ、大震災の影響もあり傾いて危険なため、昨年7月に市教委が撤去する予定だったが、卒業生らが、それを聞きつけ、「学校と共に二宮尊徳像に対しても思い出があり、壊されるのは残念。自分たちの手で修復し安全に設置するので工事をやらせてほしい」と太田校長に申し出たのが始まり。
 昨年8月から、修復作業が始まった。同小OBで近くで自動車整備工場を営む尾川勝一さん(70)と富澤進さん(70)が中心となり進めていった。石像の修復は尾川さんが自動車修理に使うボディーを研磨する機械や車の車体の光沢を出す塗料などを駆使して直していった。約3か月かけて手作業で見事に修復した。
 せっかく石像が新品のようにできたので、台座も新しくしようと、同小OBでつくる松の木会や同小教員OBらでつくる「一八会」、学校応援団のメンバーに呼びかけ、参加協力をお願いした。呼びかけたところ、OBの建設業者らが快くボランティアでの作業を引き受けたりした。材料費だけは集めようと「修復設置協力会」を立ち上げ、寄付を募ったところ、50万円もの寄付が集まり、これでセメントや塗料などの材料を購入した。
 台座には銘板もつけようと、一八会会長で元校長の飯田弥寿嗣さん(86)に声をかけ、毛筆で「温故知新」と書いてもらった。これを銅の板にし、正面に設置した。
 修復に汗を流した尾川さんは「尊徳像がなくなると聞いて、あわてて学校にお願いした。修復はふだん自動車修理で行っている作業を駆使して、なんとか出来た。これからの子どもたちのためにも二宮尊徳さんを再認識してほしい」と話していた。富澤さんも「増林小はボランティアで活動しているOBが多いのが自慢。尊徳像が立派に蘇えったので、これから毎日、子どもたちを見つめていくでしょう」と笑顔で話していた。
 太田校長は「地域の方のたくさんの支援で、大切な尊徳像がきれいに蘇えりました。東日本大震災後、古きよき日本を見直そうという動きが活発になっています。温故知新という言葉とともに、二宮尊徳という人物についても児童たちに伝えたい」と感動した様子だった。同小OBでもあり、元校長でもある飯田さんは「(銘板の)依頼があったときにはびっくりしましたが、ありがたく引き受けました。この像を代々大事にしていってほしい」と話していた。
 お披露目となった9日には児童の手によって除幕された。光輝く石像に歓声が上がり立ち止まって見つめる児童が多かった。6年生の栗原菜々子さん(12)は「昨年、ぼろぼろになった石像を見ていたので、こんなにきれいになったのにびっくりしました。(二宮尊徳は)歩きながら本を読むなんて勉強熱心だったのですね」。同じく6年生の森田琴海さん(11)も「地域の方の手でこんなにきれいになるなんて、驚いています。これからも私たちを見ていて欲しい」と笑顔で話していた。
 140年目を迎えた増林小学校。地域の伝統校だけにOBの絶大な協力が得られたのだろう。今後も尊徳像は子どもたちを見つめ続ける。

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