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患者の喜ぶ顔励みに・市立病院の野本看護部長

2012.1.9(越谷市)
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 越谷市立病院看護部長の野本由美子さん(55)は越谷市立高等看護学院(後の看護専門学校)を卒業後、市立病院に就職して、今年で35年になる。優しい笑顔の似合う看護師さんだ。越谷市の基幹病院の看護の現場を預かる現場一筋の女性だ。
 山形県西村山郡朝日町の出身。両親の「女性は職を持たなければいけない」の教えのもと、山形県出身の看護学校教師の呼びかけもあり、地元の高校を卒業後、越谷市の看護学校に入学した。実家は読売新聞の販売店だった。今は亡き父親の伊藤富雄さんが経営し、高校時代は毎朝朝刊を徒歩で配達していた。豪雪地帯で、特に冬の朝は雪をかき分け配達したことを昨日のように思い出す。看護学校時代も年末年始には帰省し、新聞販売店で広告ちらしの折り込みや配達をこなした。10年前に父親が亡くなり、販売店は別の経営者に継がれた。
 看護学校は3年間忙しく授業と実習に明け暮れた。「実習では、病院の現場で何もできず悔しい思いをした」と野本さん。しかし、同学校は全寮制で東北出身の生徒が多かったことから授業が終わると、田舎の料理を作ったりして、生徒がお互いに励ましあった。そして国家試験に合格し、1978年4月に越谷市立病院に就職した。
 最初の所属は「脳神経外科」。夜勤が多かったのと、生きるか死ぬかの瀬戸際の患者が多かったため、神経を使った。「病院の現場は実習とはまったく違い、ミスが許されない。患者さんのケアをしているにもかかわらず、患者さんから教えられることも多かったです」と野本さんは振り返る。
 1985年には看護学校の教師に異動。10年間、生徒を指導した。「人に教えるということは自分も勉強しないと教えられない。教師の10年間は私にとって、とても勉強になった時間でした」と野本さん。そして病院に戻り、小児科や救急外来に配属され、その間、看護師長から副部長へ昇格した。2010年4月に部長になった。
 立場上、患者からの苦情を受けることが多い。「外来の待ち時間が長いことや、看護師の対応など多数あります。一つひとつていねいに対応していかないと病院の信用がなくなります」。部長になって勤務体制をそれまでの3交代勤務から2交代勤務にし、夜中の出勤をなくし働やすくした。
 課題は人手不足。看護学校も3年前に閉校し、人材育成が困難になっている。「私自身も何度もやめようと思ったことがあるけど、患者さんにケアをして喜んでもらえるやりがいのある仕事。笑顔を忘れない看護に努めたい」。
 家族は夫の光一さん(79)と娘(22)の3人暮らし。夫とはスキーをするのが趣味だったが、部長になった今年はお預けだという。「定年退職したらまた2人で、ゆっくりスキー行きたい。ここまで勤められたのも、夫の理解と協力があったから」と笑顔で話す。これからも笑顔の似合う看護師として現場で輝く女性になりそうだ。

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