トップニュース

共に生きよう!希望と絆のヨットは走る・被災者たちと越谷の仲間たち

2012.1.1(越谷市)
ニュース写真
 震災に負けないぞ、励ましあって生きていこう。
 越谷市内を中心とする東日本大震災の避難者親睦団体「一歩会」(新妻敏夫会長、会員300人)は昨年3月末に同市内の老人福祉センター・くすのき荘に避難してきた福島県浜通りの出身者で結成した「浜通り一歩会」が始まり。4月29日に初めて「交流会」を開いたのがここ、越谷レイクタウンの調節池だ。被災し1か月半が経ち、震災のショックが癒えない時期だったが、アクセスディンギー(小型ヨット)で風を浴びると一瞬だが、震災を忘れた。
 原点となった越谷レイクタウン調節池にまた、会員が集まった。新妻会長(62)の自宅は、福島県楢葉町下繁岡。福島第一原発から約12`で立ち入りが制限される「警戒区域」だ。第2原発からも約1`と近い。震災時は勤務先の縫製工場にいた。立っていられないほどの激しい揺れで屋根瓦や外壁が崩れ落ちていた。自宅に車で帰るが、ふだんは30分で帰れるところを地割れがひどいため、2時間かけて帰った。家は無事だったが、電気、水道が止まり、とても寒かった。
 翌日、町から避難の呼びかけがあり、家族11人で車3台でいわき市内の小学校に避難する途中、はぐれてしまい、越谷市内の妹宅にたどり着いたのは避難から3日目だった。越谷市内の避難所となった老人福祉センターに2週間ほど避難し、市内蒲生のアパートに住むようになった。「越谷の皆さんと会えたのがうれしかった。避難所でも温かく迎えていただき感謝しています。名前も名乗らず『何もできませんけど』とお金をそっと手渡して、立ち去った男性もいました。そうした志を忘れず、報いるためにも元気でくじけないように生きていきます。福島に帰るまで、何年かかるか分かりませんが、必ず帰ります」と明るく話す新妻さん。毎月1回は交流会を開催し、越谷のほか近隣からの避難者との親交を深めている。
 避難者と越谷市を橋渡ししたのが、市内東越谷在住の元小学校教諭で一歩会事務局長の安齋作子さん(65)。「まだまだ、先は見えませんが、今年は一歩前に出るためにも、さらに活動に協力していく」と安齋さんは決意を新たにしている。交流会を陰で支える越谷ウオータースポーツクラブの代表・久川雅大さん(65)は「避難者の皆さんの交流のきっかけをつくることができてよかった。今年も(アクセスディンギーを)大いに利用してほしい」と呼びかける。
 元旦を迎え、新妻さんは越谷市の「元旦マラソン大会」に初めて出場する。そして走った後は、夫婦でのんびり市内の温泉に行き、ゆっくりするつもりだ。原発事故の補償問題や、いつ自宅に帰れるか分からないなど先が見えないが「前を見て生きる」と、笑顔を絶やさない。今年はこの新妻さんの明るさが報われますように。

>戻る