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越谷駅東口に石碑が戻った・地域再生へ期待膨らむ

2011.11.28(越谷市)
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 越谷市の東武伊勢崎線・越谷駅東口の再開発事業で来年夏に完成する「越谷ツインシティ」。一足早く来年2月から供用が始まる第2ロータリー広場に18日、1920年(大正9年)の同駅新設を祝って地元の有志が建立した記念碑が40年ぶりに戻って来た。29階建て高層タワーマンションと公共・商業施設などを背にスクッと立つ伸びる石碑には、これからの33万都市の玄関口のシンボルとして地元住民の大きな期待がかかっている。

 東武鉄道が日光街道と並行し、都内北千住駅から久喜駅へ鉄道を敷設したのが1899年(明治32年)。当時の越ヶ谷駅は旧大沢町(現北越谷駅)に置かれており、その後、危機感を抱いた旧越ヶ谷町の商工業関係者の強い要望を受け、1920年、現在地に越ヶ谷駅が開設した。
 越谷市史によると、越ヶ谷駅新設経費1万8820円のうち、1万4035円が地元町民の寄付で、残りは町費などで、旧町民の切実な思いがうかがわれ、その喜びを石碑に刻んで後世に残すことにした。御影石(高さ2b85a、幅36a×37a)で「越ヶ谷駅停車場新設記念」と彫られ、多くの寄金の名簿も台座の石板などに記録。提灯行列などで盛大に祝賀会を開いた写真も残されている。
 同市は戦後、東京のベッドタウンとして急成長。それに伴う交通量の増加などで1972年、同駅東口駅前の拡幅整備に着手。記念碑は久伊豆神社へ移転されていた。「越谷駅東口市街地再開発組合」(高藤矧理事長)では、今春の幹事会などで「先人の努力を後世に伝えよう」と、記念碑の復活を決定、茨城県桜川市の石材業者で修復、お化粧直しをしていた。
 「越谷ツインシティ」は、高層マンションのA街区と公共施設、駐車場などのB街区を連絡高架橋で結び、駅前の立地条件をフルに活用したコンパクトな機能、快適な居住性を併せ持つ都会型シティビル。人工透析も可能な獨協医科大越谷病院や市の施設、銀行、ショッピングセンター、飲食店、駐車場、駐輪場なども整備。高い人気を誇り、市内外からの問い合わせなども多い。

 記念碑の復活に奔走した一人の同組合副理事長、大野光政さん(71)は「古い歴史を知り、これからの新しい街づくりのきっかけに」と話しており、「越谷ツインシティ」が起爆剤となって、地盤沈下が心配される同じ越ヶ谷地区の本町など旧日光街道通りなどの活性化にもつなげて行きたい考え。
 このため、江戸時代中期から越ヶ谷地区(8町)に伝承されている「越ヶ谷秋まつり」も、「越谷ツインシティ」の誕生を祝い、来年10月6、7日、5年ぶりに開催することが決定。地元町会の山車8台が、広々と整備されたツインシティの広場に勢ぞろい。新設の市役所前通り線から旧日光街道を練り歩き、久伊豆神社までの御輿渡御・還御と華麗な時代絵巻を復活する。
 同まつりは、交通事情に加え不況の影響で、不定期開催となっていたが、来秋は、気持ちも新たに地区ぐるみで盛り上がりそうだ。


◇…越谷ツインシティ…◇東武線・越谷駅東口の約2・6fを対象の市街地再開発事業。駅正面のÅ街区は29階建てマンション棟(397戸)と4階建て商業棟や地下駐輪場など。駅左側のB街区は5階建て(地下1階)の商業棟(パスポートセンター、図書室、市民活動支援センターなどの公共施設)と5階建て駐車場棟を整備。併せて駅前広場の拡幅と周辺道路、街路を一体的に整備。交通アクセスの利便性も高まる。
 1997年に都市計画が決定し昨春着工、来年8月完成予定。シティ名は一般公募により9月に決まった。

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