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「千疋屋総本店」発祥の地は越谷だった・大島社長ら初めて訪問

2011.10.24(越谷市)
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 170年以上の歴史をもつ東京日本橋の老舗果物店・千疋屋総本店の大島博代表取締役ら役員16人が6日、同店のルーツの越谷市を初めて訪問した。地元の越谷市郷土研究会(宮川進会長)の招きで実現した。
 同店の「千疋屋」という屋号は当時(天保年間)の武蔵国埼玉郡千疋村(現在の越谷市東町3丁目)に創業者・弁蔵が住んでいたことに由来している。弁蔵は大島流槍術の道場を開いていたが、生活が苦しく何を糧に食べていこうかと悩んでいたところ、越谷が桃の産地だったことから、果物や農産物を近くの川を使って江戸へ運ぶことを考え、1834年(天保5年)、日本橋で果物店の「千疋屋弁蔵」の屋号で商売を始めた。
 越谷を訪れた千疋屋幹部は市役所を表敬訪問し、武藤繁雄副市長にあいさつ後、郷土研究会のメンバーと同行し東町に移動。千疋の地名の残るところ、大島家の住所地と考えられるところや、江戸へ果物が船積みされた中川の舟運の船着場跡などを視察した。
 続いて、越谷市農業技術センターで昼食をとりながら、越谷市の長柄幸聖環境経済副部長から越谷市の農業施策やイチゴ観光農園経営者育成事業などの説明があった。郷土研究会の高崎力さんによる、江戸時代から明治時代ころの果物産地としての越谷についての話しがあった。

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