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「鬼瓦」を市教委に寄贈・染谷さん、明治期の「鬼源」作

2011.3.14(越谷市)
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 越谷市中町の染谷家土蔵にあった鬼瓦がこのほど、越谷市教育委員会に寄贈された。梅鉢紋のついた高さ36a、奥行き28aの大きなもの。三州瓦の産地で有名な愛知県高浜村の鬼瓦職人「鬼源(おにげん)」による秀作だという。
 同土蔵は明治40年(1907年)3月に建立されたもの。当時、山田茂兵衛という人が菓子商を営んでいたが、昭和5年(1930年)に和菓子屋を営む染谷家に引き継がれた。昭和30年ごろからは日光街道に面した地にそば屋を営むが、その店舗の建物とその裏にあった土蔵が今年1月18日に取り壊された。鬼瓦の「梅鉢紋」は当時の山田家の家紋。
 鬼瓦には「鬼源」と刻銘が刻まれていたので、出所が判明した。「鬼源」は明治中ごろに創業した三河の鬼瓦職人で高浜では最も古くから続く鬼瓦職人。NPO法人越谷市郷土研究会の副会長・加藤幸一さんは「この鬼瓦は初代鬼源による秀作。独自に考案された『影盛』と呼ばれる周りが丸みを帯びている形式の鬼瓦。優れた明治の遺作として貴重なもの」と話している。
 専門家にも鑑定を依頼し、高浜市やきものの里かわら美術館の金子智教育研究課長は「初代鬼源の現存する作品は少ないし、建築年代が明らかな点でも貴重だと思う。三州から遠く離れた武州の地に初代鬼源の作品が判明したことは、恐らく初めてではないか。大変意義のあるものだ」としている。
 なお、解体後の1対の鬼瓦は1つは持ち主でコンクリート会社を経営している染谷隼生さんが保管。1つは教育委員会に寄贈され、現在、大間野町の旧中村家住宅で保存されている。同市教委生涯学習課では「貴重な鬼瓦ということで、寄贈を受けた。展示品として、今後展示する予定です」としている。

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