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環境願いフルマラソンの旅・米原草太さん、青森から沖縄まで3500キロ

2010.1.18(越谷市)
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 青森県六ヶ所村から沖縄県那覇市までの約3500`を毎日フルマラソンで完走。越谷市千間台西の米原草太さん(23)が昨年9月27日から71日間に渡り連続フルマラソンに挑戦していたもので、昨年12月6日に無事に那覇市にゴール。そのまま「那覇マラソン」に出場し完走。米原さんの「やれできマラソン」が終わった。米原さんは「予定通りゴールできたのは、マラソンで出会った多くの人の親切や優しさのおかげです。完走して自分自身は変わらないけど、多くの人に元気を分けてあげられた気がします」と日焼けした笑顔で語った。前例のない充実した旅は米原さんの人生の大きな糧になったようだ。

 米原さんは、一昨年12月に脳性まひの友人がホノルルマラソンに出場しフルマラソンを完走したことを聞き感動。「自分は何をやっているのだろう。誰かに勇気を与えたい」と一念発起し、フルマラソンに挑戦することにした。そこで昨年2月に、家から最も遠いところで開かれる国内のマラソン大会「那覇マラソン」に出場することを決意した。以前から環境問題に興味があり、青森県六ヶ所村の核燃料再処理工場前をスタートに選んだ。
 昨年9月27日に青森をスタート。弟の幹太さん(19)も自転車で同行し、野宿に使う寝袋を積んで走行した。まず青森から国道45号線を走り、陸中海岸を南下。宮城県から国道4号線を走り、1日の走行距離はフルマラソン以上の45`から多いときで65`を走った。夜は知り合いの民家に泊めてもらったり、無人駅の駅舎などで野宿した。
 10月中旬には越谷市まで来た。その後も、都内から国道1号を西に走り、11月に関西入り。母親のお墓がある鳥取県倉吉市に寄り、墓参りと祖母宅を訪ねたあと、広島、から山口を通り、関門海峡をトンネルで抜け、九州入り。福岡、佐賀、長崎を経由し、熊本、鹿児島からフェリーで沖縄に上陸した。沖縄へは予定通り12月4日に着き、6日の「那覇マラソン」に出場。3万人の参加者に驚きながらも、無事に完走した。
 旅の途中は出会いがいっぱい。コンビニで休憩していると声をかけられ、家に泊めてもらったことは10日以上。ジュースやパンなどをもらうこともしばしば。九州に入るとテレビやラジオ、地元新聞社の取材が相次ぎ、たちまち「時の人」に。走っていると車から「頑張れ」の声援をかけられた。前半は台風の影響も受けたが、どれも良い思い出。
 米原さんは「出会いがあるから旅は面白い。道中大きなトラブルもなく、予定通りにゴールできた。道中、夫婦で竹馬に乗って日本一周している人に会うなど、すごい旅をしている人もいた。上には上がいるんだなとあらためて感じました。ただ多くの方に、自分が走ることで、やればできるということを伝えられたと思う」と充実感いっぱいの表情で語った。
 これからはバイトで金を稼ぎ、自分の好きなことを見つけやっていく。今年は憲法9条を考えるイベントや人力車で日本一周する人などを集めたマニアックな旅人を集めて語るイベントなどを企画している。
 来年、バイト先で知り合った女性と結婚する。相手は「自分とはまったく逆のインドア派。だから合うのかも」と照れる。そして「結婚して子どもが生まれても自分の好きなことを続けたい。身近な元気を多くの人に伝えたい」と目を輝かせる。米原さんのエネルギーとパワーには脱帽。いつまで続けられるか分からないが、これからも「旅」を続け、「男のロマン」を追い求めていってほしい。
 
 (安部 匡一)
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