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「大名のもてなし」本に・大野さん、江戸叢書訳し出版へ

2010.1.4(越谷市)
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 越ヶ谷塩吉こと塩谷吉兵衛を知っていますか。越谷市宮本町の楽器店経営、大野光政さん(69)が、大正5年に出版された「江戸叢書(そうしょ)」に、江戸時代に越ヶ谷町で大名たちをもてなした塩谷吉兵衛という商家が登場するのを見つけ、現代文に訳している。「越ヶ谷塩吉のもてなしと再度の散歩」と題したもので、今年中には現代語訳版として、出版する計画だ。大野さんは「これまで、越谷市史でも聞かれなかなかった名前に興味があります。これを読むと江戸時代の(大名たちを)もてなし方が分かる貴重な資料になると思う」としている。

 「江戸叢書」とは、大正5年(1916)から翌6年にかけて、徳川頼倫伯爵、三上参次文学博士、民俗学研究家の柳田国男らによって企画され、江戸時代300年間に記された政治・経済・文学・技術・風俗・芸道など多方面に渡る文献を公刊したもので、全12巻におよぶ。越ヶ谷塩吉こと塩谷吉兵衛が登場するのは、その中の7巻。
 大野さんは昨年、江戸時代の浮世絵師・歌川広重の「名所江戸百景」を大正時代と現代に撮影した写真で本にまとめた「江戸百景今昔」を刊行した。江戸から大正、平成までの東京の歴史が目で見て分かると評判の本で日本図書館協会の選定図書にも指定された。この本の出版を知った近くの赤山町の不動産業者、田嶋昭夫さんが自宅にあった「江戸叢書」を大野さんに手渡し、現代語訳を勧めた。
 「越ヶ谷塩吉」は「江戸叢書」の「遊歴雑記」の中の16ページにわたってつづられている。田嶋さんから手渡された大野さんは「越ヶ谷」の表記に驚いたものの、文語体のような文章で分かりにくいため、辞書などとにらめっこしながら自己流だが「解読」した。
 大野さんによると、「塩谷吉兵衛」は塩問屋を商いとしていた。大きな屋敷に住み、広い庭と倉庫、土蔵などもあり、70人もの人が働いていたという。文化14年(1804)、池田という人訪れたところ、家族が出迎え、広い座敷へ案内された。午後8時ごろから、酒宴が始まり、山海の珍味をふるまったほか、三味線、長唄、つづみ、笛、太鼓を合奏し興を添えた。食事は2汁12菜と豪華なものだった。
 このほか、大相模不動尊から桃林まで歩いた様子や間久里で「有名なうなぎ」を食べたことなどが興味深く書かれていて、江戸時代の豪華な越ヶ谷の商人の暮らしがつづられているのが興味深い。
 大野さんは「塩兵衛宅は今の御殿町の周辺にあったのではないか。大相模不動尊などの地名も出てきて、当時の暮らしぶりがわかる。豊かな暮らしだったのではないか。新しい越谷の歴史を語るものになりそうです」と語っている。
 江戸時代の越ヶ谷宿の暮らしぶりを示す貴重な文書になりそうだ。
  (安部 匡一)

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